Diary 2003年4月15日

岩手の県議戦でトップ当選した、グレート・サスケ氏の覆面姿が問題になっているみたいですね。「マスクをしていると本人だと確認できない」と言う意見があるようです。このニュースを見て改めて考えさせられたのは、「人の人たる人格の確認は容姿で行なわれているのか?」と言う事。

「そんなの当たり前ジャン!」って思う反面、なんか変な気持ち悪さも感じます。例えば盲障害の方は、人の認識が出来ないですか? あるいは電話で話す場合は、相手を特定していないですか? 手紙は?FAXは?暗闇でのデートは?(笑)

人格の特定と容姿の視認とは、全然関係無いと思うのです。でも、一見凄く関係しているような錯覚を起す事も確かですし、普段はそう言う見方をしていることも確かです。でもこれって「ある種の偏見」ですよね?

そう言うことの無いように、相手の表面(上っ面)だけで判断せずに、本質(中身)の部分を大切にしたいと思います。

とある自然素材を扱う建材メーカーに、問い合わせの電話をかけた。
すると対応に出たオネエチャン?オバチャンに「今日日の設計事務所は、なんも勉強してないバカだから、施主の方がよっぽど良く知っている」・・・・・・と言われた。 久しぶりに人に面と向かって「バカ」と言われた・・・・・それもマジで。
別に私、失言してないし、低姿勢で尋ねただけで「馬鹿呼ばわり」されるような事はしていない。(念のために)

流石に温厚な私も「私が何か気に触るような事言いましたか?」と尋ねると「いいえ。馬鹿にしているつもりは無い。私はいつもこんな喋り方なんだ」と、開き直るようにのたまわれた(–#)

さらに畳み掛けるように「うちの社長知ってますよね?設計者で有りながら、全国を講演で飛び回ってる方なんです」だと。
「知らねぇーよ!」・・・・・・・と、心の中で呟いた(^^;)


何でこう言う横柄で、人を小馬鹿にしたような対応になるのだろう?人間性の問題も有るだろう。ひょっとしたら、私が相手の地雷を踏んだのかもしれない。でも・・・・・・・ひょっとしたら、もう一つ理由が有るのかも知れないとも思う。何処かで、ゆっくり書きたいと思っている。ひょっとしたらOZONEで話すかもしれないが・・・・。

本日、夜のお勤めです。