インターホンの罠

穏やかな陽気の休日の午後、お茶を飲みながら本を読んでいると、不意にインターホンが鳴った。
「はい、どちら様」
インターホンのモニターの中には、見慣れない女性が立っている。何かのセールスかなと思いながら返事をすると、インターホン越しに彼女が話し掛けてきたのは、私の予想を遥かに裏切る言葉だった。彼女はモニターを見ようともせず、そっぽを向いたままの姿勢で、こう尋ねてきた。
「あのぉ、突然でスイマセンが、好みは何ですか?」
一瞬、何を聞かれているのかが理解できず、言葉に詰まってしまった。相手が女性だったので気を許し掛けたのだが、話し掛けられた言葉の意味が分からず、頭の中の警戒センサーが点滅し始める。だいたい初対面の私に「好み」を聞いてどうする?何もんだ、この女性?


聞かれるままに私が、 < サラサラのロングヘアーが好きです > とか、 < 焼酎よりワインを飲む女性の方が好みです > と答えたら、この女性は一体どうするつもりなのだろう。むむむ、この人の意図が分からない。それとも、ここは思い切ってドアを開け、「まぁまぁ、立ち話もなんですから、中に入りませんか」と、言うべきだろうか。いや、イキナリそれは無いな。
ん?チョッと待てよ。インターホン越しなのだから、私から彼女の顔は見えているが、彼女から私の顔は見えて居ない筈。それなのに、イキナリ「好み」を聞いてくるのは、どう言う訳だろう。ひょっとして彼女は、何処かで私のことを見掛けた事があるのか?そして私の後を付け、家を探り当てたのだろうか?だとしたらストーカーか? 
いやいやいや、それは怖い。ここで私が拒否したら、この次に来る時は玄関の前に、動物の死骸を置かれるかも知れない。それは危険だ、あまりに危険すぎる。ここは何とか穏便に断わらねば。私が上手に断わる方法を考えていると、彼女はまた話しかけてきた。
「あのぉ、この玄関脇に植えられている木は、何と言う木ですか?」
何の事は無かった。その女性は散歩の途中で、偶然目に止まった木の種類を、知りたかっただけだった。最初に「好み」と言ったのは、木になっている紅い実を指して、「この実は何の実ですか?」と言う意味だらしい。また、そっぽを向いていると思ったのは、木を見上げていたからだった。
なぁーんだ!私のタイプを尋ねていた訳ではなかったのだ!そりゃあ、そうだよね(笑)
と、言うふうに日常の中にも、沢山の小さな「?」と言う事が有りますよね。もっとも、大抵の場合はそれに気付かず、スルーしちゃいますけどね。