『ミドリさんとカラクリ屋敷』 鈴木遥 著/読了


小田原の直ぐお隣、平塚市。七夕祭りでも有名なその地に、屋根からニョッキリと電信柱を覗かせた奇妙な家が建っていた。当時高校生だった著者は、その家の前を通るたびに、その家の雰囲気に惹かれ、ある日、意を決してその家を訪ねてみることにした。そこは回転扉や隠し部屋満載の、なんとも奇妙な共同住宅だった。この体験をきっかけに著者は建築を学ぶことになり、後にこの奇妙な建物の施主であるミドリさん(97歳)のルーツを探ることになる。それらをまとめた本が本書。
第八回開高健ノンフィクション賞次点作品――。


どこの書評サイトの、どんなレビューを読んでも絶賛の本書、思わずネット書店で購入してみたのですが・・・・・・残念ながら、私の琴線を揺らすことはありませんでした。 
電信柱のある家のオーナーであるミドリさんのルーツは、北海道開拓団の屯田兵から始まります。その中でも財を成し、大勢の人が出入りする家に生まれたミドリさんの家は、家を建てることを道楽に出来る、言わば「建築道楽」「請負道楽」が出来るほどの栄え振りで、何度も家を建てる経験をしていました。ミドリさんは門前の小僧宜しく、その技術や考え方を見よう見まねで覚えて成長します。
大人になったミドリさんは結婚し、ひょんなことから家を建てることになったのですが、その凝りようと考え方は、子供の頃に培った下地があるのですから、まさにウルトラCの技が連発されます。腕の良い大工の見つけ方や、その引き抜き方から始まって、一日中現場に座って作業の間違いを指摘したり、喧嘩したり。
家を形作るパーツのデザインや装飾物の写真なども載っているので、それらの綺麗さなどは理解します。家も楽しそうだし、ちょっと見てみたい気にさせられたのも本当です。
ですが建築の勉強を大学院まで行って学んだ著者が、建築基準法的にいえば共同住宅という特殊建築物である建物を見て、ただその珍妙さばかりに注目し、そんな建物を造るに至った施主の人生を顧みているのは、視点とすればとても素晴らしいと思いますが、本当にそれだけで良いのだろうか? と疑問を感じてしまいました。一般人としての視点だけで、建築を学んだ人間の視点が、どこにも無いように読めたのです。
この建物を知ったことをきっかけに、建築を勉強しようとまで突き動かされた筈の著者なのに、その視点は専門家のそれではなく、ただの普通の人の視点でした。それがとっても残念です。
もっとコチラが砕けて、「まぁまぁ、そんなことは良いじゃないか。面白いし、楽しければ何でもありだよね」と、読めれば楽しめるかもしれません。つまり小説だったら、面白かったような気がします。
回転扉、隠し部屋、秘密の通路や屋根裏部屋などの存在を、合理的でかつ合法的に設け、その存在意義や目的が明確に伝われば、楽しめたかも? という意味です。
それとも、私の頭が硬くなってきたってことなのでしょうか?
期待値が高かっただけに、読後に少し悩んだ一冊でした。
天工舎一級建築事務所
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コメント

  1. みけねこ より:

    探偵長様、こんにちは。
    遅くなりましたが、このたびはご愁傷様でございました。謹んでお悔やみ申し上げます。
    この本、Twitterでフォローしてるライターさんが「面白いよ!」と呟かれていたので、気にはなっていたんですが…。
    建築のご専門ですものね、どうしても職業柄、一般人の読み方とは違いますよね。私だって、着物や京都のことを軸にした小説読んだらツッコミ入れまくります(苦笑)
    図書館で見つけたら借りてみて、面白いと思ったら購入することにします。
    ところで、『空想科学読本ミドリ』を買って読みました。
    正直、わたしは戦隊モノやら仮面ライダーとかにまったく疎いので、なんのことやらさっぱりでしたが、夫には難なく通じました(笑)
    探偵長様のコラムのところは、文章に慣れているせいか内容からか、やっぱりホッとしましたよw
    近々発売になる有栖川先生とのコラボ本(笑)、『密室入門!』の新書版をどうしようかと悩んでおります。もう親本買ってますしね…。

  2. 探偵長 より:

    みけねこさん、こんにちは。
    ご丁寧なお悔やみを頂戴し、ありがとうございます。
    百歳の長寿は大往生でしたのでした。
    ところで本書ですが、確かに「読み物」とすれば面白いと思います。ただ専門家が、その肩書きを披露しつつ、ただ「面白いでしょ?」というスタンスで書いていいのか? と、悩んだのです。
    逆に小説だったら笑って読みますが、「ノンフィクション」と謳っているから、その背景が気になったのです。ですから私の感想に惑わされること無く、お楽しみ下さい。
    また、『空想科学読本ミドリ』を、お読みいただき、ありがとうごさいます。みけねこさんの読書フィールドからは、遠く離れた場所の本だと思うのに、ありがとうございました(笑)
    他の専門家の方が、それなりにラフな感じで書かれていらっしゃったので、私の硬さが目立ってましたね。
    それから『密室入門』の新書化情報は、さすがに早いですね~。私自身、まだ告知には早いかと躊躇っていたのですが、流石、有栖川ファンは情報が早いですね。
    今回、また有栖川さんとお名前を並ばせていただけることになり、大変光栄に思っております。みけねこさんがご購入されない場合でも、どこぞでチラッと告知でもしていただけましたなら、きっと有栖川さんも(勿論、私も)お喜びいただけることと思います。どうぞ宜しくお願いいたします(笑)