『妖怪アパートの幽雅な日常 ラスベガス外伝』香月日輪 著

古本屋と二人で世界一周旅行をしている有士は、高校の恩師・千晶の兄・恵が居るラスベガスへ立ち寄る。恵の家で催される華やかなホーム・パーティや、カジノで行われている本場のショーを初めて観て驚く有士。だがそんな世界に惑わされることなく「世界は広く、知らない世界がまだまだたくさんある。だけど自分には自分の世界がある」と、見識を広めつつも、それに迷わされることなく自分を見つめ続けていく。シリーズの番外編であると同時に、シリーズのその後を描いた作品。

シリーズを読み終えてから時間が空いたせいか、「この作品て、こんな感じだったかなぁ?」という軽い違和感を覚えた。シリーズの最初の頃は、不遇の生い立ちにも関わらず、異世界の妖怪や常識を超えた人間との交流に、少しずつ自分の存在価値を認めて成長する様が読んでいて楽しかった。だがいつしか彼は不遇な環境に置かれた弱い立場の男の子ではなく、人の経験できない特異な世界に触れることの出来る、ある種の恵まれた特権階級者のように写りはじめた。

本作で描かれているような、世界一周旅行が出来る若者は稀だし、ラスベガスで華やかな生活を過ごす知人が居る人も少ない。ましてその恩師は「飛行機はファースト・クラス以外に乗る気はない」とまで言える人物。そんな人たちに囲まれて暮らしているのに、いまさら「生い立ち不幸なか弱い少年」は、ちょっと違うよね。そのイメージが薄れてきたころから前向き思考を連呼されたり、少しでも後ろ向きに考える奴は心根が卑しい、みたいに言われることに違和感を覚え始めていたのかもしれない。弱さや辛さを知っているからこそ、後ろ向きに捉える人にも寄り添い、その弱さを認めてあげてほしかった。

2014年暮れに他界された香月氏ですが、もっと違う作品も読みたかったです。とくに『僕とおじいちゃんの魔法の塔』は、続けて読んでいた作品だったので、未完のままで残念です。