フランスのミステリ作家ピエール・ルメートルのデビュー作。たが日本での翻訳は出版された時系列と少し違い、本作品は三作目の出版となる。三作品共にパリ警視庁犯罪捜査部のカミーユ・ヴェルーベン警部が主人公なので、いろいろな意味で繋がっている。昨年大きく話題になった『その女アレックス』が、シリーズ二作目なので、そちらを先に読んだ方には、いろいろと不都合な点がある。その点が本作品の国内での評価にも大きく影響しているのだが、その話は一先ず置いておこう。
手品を観たようだった—陳腐だが、それが読後の感想。右手にばかり注意を払っていたら、左手の動きが全く読めなかったという事。ふだんなら気付くことも、意識的に違う方を見せられてしまうと、気付かないこともある。しかも右手を観ていたのは、私が自発的に見ていたのであって、けして作者が意図的に右手に注意を引いた訳ではない。だから綺麗に騙された。だがミステリには、綺麗に騙して欲しいと思いながら読んでいるので、こんな「手品」は大好きだ。出版の時系列のこと、あるいは日本での書名だけでも、察しの良い方には多すぎるほどの情報なので、それ以上には多くを語ることの出来ないミステリ作品かもしれない。
作品中に描かれている殺害現場の描写は、残酷で救いが無い。だからスプラッター系の苦手な方には、冒頭の事件で腰が引けてしまう可能性もある。なんせ殺害現場の様子を見た部下が、「こんなのは見たことがありません」と、言う程だから。死体を損壊し、そこに何人の死体があるのかが分からないほどの凄惨な現場。刃物で切り刻むだけだ無く、釘で打ち、酸で焼き、火で燃やす。おまけに手で掻き出すは、撒き散らすはで、それはそれは見るも無残な状況。フランスで出版された時には、あまりの酷い描写が話題となり、かなり問題となったとも言われている。まぁ、そんな作品だけど、私は好きでした。彼の作品は、きっと続けて読むことでしょう。
巻末に、書評家の杉江松恋氏が解説を書かれているのだが、まぁこの解説がお見事! この作品をここまで上手に解説するなんて、その部分だけ読んでも十分に楽しめたほどです。
蛇足ですが、本作品のようなミステリを「イヤミス」と呼ぶそうです。読後が、いや~な感じになるミステリだから、略して「イヤミス」だそうで、知りませんでした。私は嫌ではありませんが。