昔、直木賞を受賞したこともある元作家の津田伸一は、今は東北のとある町で「女優俱楽部」という名のデリヘルの送迎運転手をしていた。ある夜、ドーナツ・ショップで本を読む男が気になり、本の話をする。津田が手にしていた『ピーターパンとウェンディ』の本に男は興味を持ち、次に会った時に本を貸すと約束をして別れる。その日暮らしの津田の数少ない友人、古本屋・房州書店を営む房州老人が、津田に3000万円を超える大金を残して亡くなった。そのうちの一万円札一枚を津田が使ったところ、それは精巧に作られた偽札だったことが分かり、警察や「本通り裏のあの人」と呼ばれる裏社会からも追われる身となってしまった。そしてあの夜、ドーナツ・ショップで話した男の家族三人が消息不明になっていることを知る。どうやらその件にも「本通り裏のあの人」が、関わっているらしい。遂に追われる身となる津田の運命は―。
偽札を使ったのが自分だとばれるのはヤバい、だが残りの3000万以上の金をそのまま捨てるのも忍びない。大金を抱えたまま右往左往する津田。そしてそんな状況を、半ば楽しむかのように小説にしようと書き始める。消えた家族の消息は、失踪した郵便局員とは、偽札と大金、うごめく裏社会、書き始めた小説。津田は身の危険を感じ、東北から逃げるように東京へと居を移す。そして偶然知り合った出版社の編集者。随所に出てくる「鳩」とは何か? 笑いとスリル、そして全ての事件の真相とは―。笑いと謎がてんこ盛りの作品。
上巻約550頁、下巻約540頁と、そこそこのボリュームでしたが一気読み。バタフライ・エフェクトというか、風が吹けば桶屋が儲かると言おうか、とにかく読後の感想はそんな感じ。上巻で壮大な前振りをし、下巻で一気に帰結させる妙は素晴らしい。ただし普段本を読まない方には、少し荷が重いかもしれません。時間や状況がコロコロと変わり、場合によっては一人称が変わる場面もあるので、迷われるかもしれません。それでもボリュームの多さを、読みやすさがカバーしてくれます。ところどころに散りばめられた仕掛けや、キーワードの回収がお見事。主人公の元作家・津田伸一がアホすぎると笑っていましたが、それもまた大きな仕掛けでもあり、その仕掛けにまんまと踊らされていたのかもしれません。お薦めです。