Essay 20 探偵の事件簿 1

こんな雨の日には、私が初めて手掛けた「調査」のことを思い出す。
あれは、そう・・・今日と同じように、霧のような雨が降る日の事だった。
私の元に、調査を依頼をしてきたのは、知人のA氏。話によればA氏の友人が「建売住宅」を購入したのだが、どうも様子がおかしいらしい。
『夜な夜な聞こえる怪しい音』・『和室に蠢く謎の生物』と、不思議な現象が起こっていて、その真相を究明して欲しいとの事だった。 (どうやら、私の出番のようだ)
私は相棒のコルトガバメントを、机の引出しから取り出すと(持ってねぇだろ~)A氏と、早速現場に向かうことにした。
現場は5m程の石積みの上に建つ、謎の洋館(普通の家だっちゅうの!)
アルミの玄関扉を開けようと手を掛けたが・・・「あれ?重いぞ、この扉?」力を込めて、もう一度引っ張り出すように開けると、嫌な金属音をさせながら、ゆっくりと開く玄関扉。(ンンン・・・この時点で、すでに怪しい・・・)
中からは、すでに妖気が漂っているのを感じる。
挨拶もそこそこに、家人の案内で問題の和室を見せてもらうことにした。緊張の中、ゆっくりと和室の扉を開けると・・・「おおぉぉぉーーーーー!」と、思わずあげる驚愕の叫び。「こんな・・・まさか・・・信じられない・・・」当たり一面に広がる謎の生物。それは「きのこ」の群れだった。詳しく確かめようと、部屋の中に一歩足を踏み入れると、まるで「こんにゃく」を踏みつけたように しなる畳。 
(ビックリハウスか?ここは?)
家人の話を聞くと、建売住宅を買って初めて迎えた梅雨に、こんな状況になったらしい。その原因を究明すべく、恐る恐る(ホントは私 怖がりなんで・・・)畳をめくり上げると「おおおーーー!」と、またもビックリ!あるべきものが無いではないか!
なんと!根太の上に直接畳が乗っているーーー!
普通なら、根太と言う角材の上に、厚さ15mm程の板が敷いてあり、その上に畳が敷かれているのが普通なのに、きれいさっぱり無い!手を伸ばすと下の土が触れる。しかもチョット湿っぽい土が。
どうやら、5m近い盛土の上に建つ住宅は、下からの湿気をたっぷりと吸い上げているらしい。
(勿論、基礎は布基礎)おまけに建物の直ぐ北側は、山と言う状況のため湿気吸いまくり!
(引っ越した方が良さそう・・・)
布基礎の場合、床下に防湿用のシートなども敷かれてはいない。だから、湿気は吸うは、軟弱地盤の上に建てると弱いはと「良いとこなし!」
落ち着きを取り戻した私は、改めて部屋を見まわすと、壁の四隅にビニールクロスが縦に裂けているのを発見した。
どうやら、5m近い盛土が馴染む前に家の工事をしたのだろう。きっと、建物が沈んでいるのかもしれない・・・。玄関の扉が重たかったのも、そのせいなのか・・・。
家人の話によると、 建物を買うときに不動産会社から「床の間には重たいものを乗せないように」とまで言われたそうだ。(0点!と心の中で呟くが、口には出せない)
この様子だと、他の部屋も大差ないだろう。私は、不動産会社に連絡し保証や補修の話し合いをするべきだと言ったのだが、当時はまだ「欠陥住宅」などと言う言葉を知らない時代。家人は「争い事は好かん!」と言い、結局自分たちの出費で床板と畳の補修をすることになった。(完全に付け焼刃の補修だろう・・・)
「このままでは危険ですよ!」と言う私の説得も受け入れられず、むなしい思いを引きずりながら失礼することにした。相棒のコルトガバメントの撃鉄は、静かに眠ったままだった。
(だから、持ってないっちゅうに~!)
帰りがけに食べた、調査報酬の「味噌ラーメンと餃子」が、やけに辛かった事を今でもはっきり覚えている。
これが私の建築探偵としてのデビューになるとは、この時はまだ知る由も無かった。
都会のコンクリート・ジャングルに生きる一匹狼。相棒は、死んだ友が残したコルト・ガバメントだけ。
(まだ言ってる・・・)