Essay 58 妻たちの続・建築学入門

やっとの事で、ご主人の了解も取りつけ、家を建てる事になったのだが、この時点で、既に主導権は奥さんが握っているのであった。


「ローンを払うのはあなた!家を建てるのは私!」ぐらいの感覚になっているから、つくづく女という動物は恐ろしい・・・。もっとも、夫婦というのは「カカア天下」の方が、上手く行くと聞いた事があるから、これぐらいで調度良いのかもしれないが?それに、ご主人の方も「後は任せたから、おまえの好きなようにしなさい!」と、言い残して会社に逃げてしまうのも事実だし・・・。まぁ、しょうがないでしょう。


他の事なら愚痴の一つも溢しながら、決して重い腰を上げないが、話が家の事となるとチョット違うから面白い。日頃はテレビの連続ドラマと、近所の井戸端会議にしか興味の無かった奥さんが、俄然張り切り出すから、やっぱり「家」には魅力があるんだろう。早速ねじり鉢巻きで、試験直前の受験生のように勉強?を始めることになる訳だが。


しかし悲しいかな、今までの長~い人生の中で、「家」あるいは「住空間、家族の生活スタイル」と言った事なんか考えた事も無い!何処をどう勉強すれば、良い家が建つのか思い付かないのである。


ちょっと賢明な人ならば、「家の事は、まず建築家にでも相談してみるか」と言う判断にたどり着くのだが・・・・・・・残念ながら、殆どの人は違うようだ。


「家や土地の事くらいなら、私のにわか勉強で充分だわ!」と本気で信じているから、知らないと言う事はつくづく恐ろしい物である。


そこでまず、どうするかと言えば「取りあえず土地を探すのだから・・・」とかなんとか言いながら、押入にしまい込んだ古新聞の束から、不動産屋の広告を引っ張り出してくるのである。「そんなに古い広告が良くあったなァ~」と、思うくらい古い広告が出てくるのだが、この辺りはズボラな・・・(オホン!失礼。)物を大切に取っておく性格が、功を奏しているのである。


「土地は少なくても50坪ぐらい欲しいわー。予算は2,500 万円程度で学校とスーパーと病院が近くにあって、静かで環境が良くてEtc Etc ・・・」と、夢は際限なく広がって行く。ところが、どの広告を見ても、希望に合うような土地は載っていない。(そんな土地が有ったら、とっくに私が買っている)


それでも決して、落ち込んだりしないところが、主婦の強い所。「この広告に載っていないだけで、きっとどこかに理想の土地がある」と本気で信じ込んでいるのだから、下手な宗教より始末が悪い。その結果、休日に渋るご主人の首根っこを捕まえ、不動産屋のはしごを始める事になるのである。


取りあえず、新聞広告に載っていた不動産屋あたりから、土地探しを始めるのだが、何軒不動産屋を廻っても、理想の土地はどこにもない。やっと理想と現実のギャップの大きさに気づき、作戦を立て直すべく重い足を引きづり、家路に着く頃にはもう手遅れ!


午前中に廻った不動産屋が、手ぐすね引いて待っていたりするのである。こうなると、もう営業マンから逃れる術はない。連日連夜、いろんな土地のパンフレットを持って訪ねてくるのである。

広い土地、狭い土地、北側に道路のあるもの、南側のもの、新しい分譲地あるいは古いやつ等など。しかし、ここで絶対に持ってこないパンフレットが一つある。

それはとても安い分譲地のパンフレット。もしそんな物件を、イキナリ紹介されたならば要注意である。
きっと地盤が悪かったり、以前は墓地だったりするかもしれないからである。


そして、その猛攻は契約の判を貰うまで続く。これ以上無いと言うような、営業スマイルを振り撒いて、押しの強い話し方で、あれこれ薦められた日には、どんな人でも、その攻撃を交わすことなどは不可能である。まして、営業マンがちょっと、「宅麻伸」に似ているタイプだったりすると、奥さんは次第に営業マンが来るのを、待ち焦がれたりするようになるから、始末に追えない。


画して当初の希望とは、似ても似つかないような土地を、購入する羽目になるのだが、スッカリ営業マンに洗脳されてしまった奥さんは「素敵な土地よね~」と、自分の目利きの良さを自画自賛するのであった・・・。


この家族の本当の試練は、ここから始まるのだが、この時点で奥さんに何を言っても無駄だと言う事を、一番良く知っているのは他でも無い、ご主人その人だった。


つづく