essay 66 探偵の事件簿3 / 漆黒の闇の中で

今夜も「レフト・アローン」が、バーボンの琥珀に溶けていく。ブラインド越しに瞬く、赤いネオン。
窓を叩く雨粒が・・・・・フッ、似合い過ぎだぜ。こんな夜は、何かがヤバイ。早く寝ちまうに限る。

「ドンドンドン!居るんでしょ!開けて下さいよ! ドンドン!」

チッ!やっぱり、俺の感は当たるぜ。ハリーの声だ。仕方なくドアを開けてやる。ヨレヨレのコートが濡れて、黒い色に変わっている。フッ、濡れ鼠とは、こんな格好のことを言うんだろう。

ハリーは俺の情報屋だ。(友達だろ?)コイツの持ちこんで来る事件は、碌な物が無い。
また、つまらない事件なんだろう・・・。まぁ、話だけは聞いてやるが。(そんなこと言って大丈夫か~?本人読んでるよ~^^;)

事件の概要はこうだった。M町に造られた閑静な分譲地。南傾斜のひな壇に、造成された土地に建てられた一軒の住宅。特別な問題も無く引き渡され、家人らは新居を楽しみながら生活を始めたと言う。

ところが事件は、ある朝に突然に起こった。婦人が2階の寝室から起きだし、朝食の支度をしようとLDKの扉を開ると「キィ~~~」と、昨夜まではしなかった不快な音がする。何か、挟まっているのかと確めるが、何も無い?

変だなァ~と思いながら、ゆっくり閉めると・・・・・ゆっくりと「キィ~~~」と響く(笑)。

婦人は、何度も開け閉めを繰り返すが、音は鳴り止まないばかりか、床に扉の軌跡を描き始めた。つまり、扉が床に擦れているのだ。これは、朝食どころではない。ご主人とアチコチ眺めたり、摩ったりするが判らない。仕方なく建設会社に連絡し、対応してもらったそうだ。

その日の午後には建具屋が来て、扉の底をカンナで削って元に戻す。あっという間の作業で、音はしなくなった。やれやれと一安心したのも、わずかな時間だけ。
一月もした頃、また音がし始めたのだ。「キィ~~~」と・・・。そして再び、建具屋さんに、扉を削ってもらう事になる。

削ってもらうと暫くは、音が鳴り止むのだが、それも時間の問題で直ぐにまた鳴り出す。
ハリーがそこの主人と友達だったので、そんな話しを聞いているうちに、私の名前が出たらしい。
(出すなよ~)家人に、「暇な時に見てもらえないかなぁ~」と言われたらしい・・・・・。仕方なく、次の土曜に出かける事にした。勿論、相棒のコルトガバメントを持って行くのは忘れなかった。
(・・・・もう、突っ込まないよ・・・・突っ込めよ!)

快晴の当日、問題の家の前で車を止め見上げた建物は、まだまだ新築の華やかさがあった。家人のご夫妻は、少し曇りがちの顔で迎えてくれた。1坪(畳2帖分)程の玄関に入ると、靴を脱ぐまもなく「これです!」と奥さんが指を指す。

直ぐ右側にガラスを嵌め込んだ問題の扉が見えていた。
(もうちょっと、貯めて欲しかったな~ ここ良い所なんだから・・・^^;)

私は直ぐに上がり、扉をゆっくりと押し開いた。「キィィィィ~~~」と、床を擦る音。間違いなく床に擦れていた。その証拠に、床に扉の軌跡が弧を描いている。

「結局、扉は何回削ってもらったんですか?」
「2回です」
「扉の下だけですか?」
「いいえ、上のほうも削ってました」
「建設会社は、なんと言ってましたか?」
「木が乾燥して、その為に扉の枠が少し曲がったせいで、良くある事だと・・・」

違うな・・・。素人の目は誤魔化せても、この俺を誤魔化す事は出来ないぜ。フッ。(なんで笑ってるの?)

「ご主人、何処か天井に潜れる所はありませんか?」
「お風呂のユニットバスか、和室の押入れからなら・・・」

俺は迷わず、ユニットバスを選んだ。この一瞬の判断が生死の境目を分ける。俺が今まで生きて来れたのも、この素早い判断と野生の感のおかげだ。

ハリーの手を借り、緊張しながらユニットバスの天井点検口から天井に上がった。漆黒の闇・・・・。この闇の中に一体どんな凶悪な敵が待っているか・・・あっ!「懐中電灯、取ってくださ~~い!」

そんなこんなで、問題の扉の上に辿り着く。灯りの先に浮き上がるそれは・・・やはりな。
天井越しに、下にいる家人に話しかけた。
「ご主人、扉のせいじゃないですね~。この上にある梁が、細くてたわんでるようです。ここを補強しないとダメですねぇ~」

天井の上から、いくらクールに話しかけても、とっても滑稽だったろう(爆)

単純な話だった。扉などの大きな開口部がある場合、その上にある梁は、ある程度の太さがなければ、たわんでしまう。下に壁がない分だけ、梁背が無いと弱い。扉を何度削っても、家本体の問題だから、解決するはずもない。この調子だと、他にも上手くない箇所があるかもしれない。

家人は、徹底した調査と補修をしてもらうと、怒っていたから後は大丈夫だろう。補修や補強の考え方を説明し、簡単なスケッチを渡した。

俺の役目は終わった。またしても今回の俺の作業報酬は、ご馳走になった「天丼」だけだった。いつも、こんな報酬ばかりだ(;;)

もう少し、金になる依頼は無いのか・・・。謎の屋敷に隠された「ロシア皇帝の秘宝」を探すとか、「古文書」に記された「徳川家の財宝を探すとか?(それは糸井重里がやってたか?)


もう、こんな家業は止めよう・・・貧しすぎる(>.<)。ハリーの話に乗るのは、2度とご免だ。
隣で運転するハリーは、山下達郎の「ドリーミング・ガール」を気持ち良さそうに歌っていた・・・。


都会のコンクリート・ジャングルに生きる一匹狼。相棒は死んだ友が残したコルト・ガバメントだけ。