Essay 95 餅撒かないの?

「ええぇーーー!これ着るんですかぁ~?」
「ハイハイ、良いから良いから」と、手渡されたのは赤い陣羽織?みたいなやつ。いくらなんてもこれは嫌だなぁ~と思ったが、施主は勿論、親戚の人達まで着ているし、設計した私が着ないわけにもいかないようだ。


結局その陣羽織に、スーツの上から袖を通し、上棟式の餅撒きをすることになったのだが、「ハイこれ、お願いします」と渡された餅がまたデカイ!お正月に飾る、鏡餅の上の段ぐらいの大きさがあって、これが頭に直撃したら危険じゃないの?とチョット投げるのが躊躇われる。だって、ここ3階の屋上だよ~。地上から10m以上も有るのに大丈夫かいな?


下で、今か今かと待ちわびる人たちに、ソォ~っと撒いたのは私だけで、豪快な施主のYさんは、ガンガン投げつけるように撒いていたが、怪我した人はいなかったかなぁ?


これは私が設計者の立場で経験した、上棟式の「餅撒き」の様子ですが、最近はこう言う光景をトンと見かけなくなりましたよね?あの餅撒きって奴は、何処行っちゃったんでしょ?


私が子供の頃は(今から・・・30年ぐらい前かなぁ?着いて来てね)近所で家の建て替えが始まると、悪ガキ達が「来週ぐらいかなぁ?」と、工事現場を見上げながら「上棟式」を楽しみにしたもんです。だって紅白の餅は撒くは、5円玉や50円玉(これは当たり)が入った祝儀袋は撒くは、スナック菓子(なぜか、かっぱえびせんが多かった記憶が)は撒くはで、そりゃ~もう大騒ぎ。


絶対に今みたいに「工事の音が煩い!」とか「車が邪魔で通れない」なんて言う近所のトラブルなんて無かったです。と言うことは、ご近所のコミュニケーション方法として正しかったのでしょう。


まぁ近頃では「合理的」や「コスト削減」と言うことで、上棟式で餅を撒くなんて事はしないのでしょう。地域的なこともあるでしょうが、家を建てると言うことが「家を建て替える」ではなく、どこか新しい土地を買って「家を建てる」と言うことになった性もあると思います。だって、これから移り住む見知らぬ土地で「餅」なんか撒かないですよね?


上棟式と言えば、もう1つ欠かせないのが大工の棟梁が歌う「木遣り」です。カッコ良いですよね~。なんか「男衆」が仕事してるって感じで、どこか厳粛で真剣さが溢れてて、「仕事に誇りを持ってるぞ!」って感じさせました。


他にも親戚の人や近所の奥さん達が総出で、料理を作ったりして、なんかチョットした「お祭り」って感じでしたけど、今思うと、あれって結構大変だったんだろうなぁ~。


最近は上棟式って、殆どやらないですよね?仕出しのお赤飯にチョットした料理、一合瓶の日本酒、それにご祝儀を渡して解散。大工さんたちも車で来ているし、そこで酒を飲むと言うことが出来ないこともあり、非常にサバサバしたもんです。これはこれで良いと思うんですけど、時々昔の上棟式を見たくなることがあるのも本当です。


なんだか近所中で、家が出来るのを祝福してくれていたような気がするし、町内に一体感みたいな物があって、町全体が優しかったような気がします。


今は生活するのにも便利で、キレイな建物が並ぶ街並みだけど、なんだか薄ら寒い風が通り抜けているようで、一人空を見上げて雲の流れを見ちゃったりして・・・アハハ、乙女チックだったりして。


こうして昔のことを思い出しながら文章を書いていると、なんだか無性に寂しくなる時があって、それってきっと心の何処かが凹んでいる時で、「あ~このままで良いのかなぁ~」なんて、腑抜けのようにボ~ッとした顔してて、情けない自分なんだろうなぁ。


別に「昔愛好者」じゃないけど、無くしてしまったもの、過ぎてしまった時間、作れなかった思い出の中に置いてきてしまったもの・・・・・なんだか無性に懐かしい気がします。


そう言えば子供の頃、拾った餅って食べたんだったかなぁ・・・?友達とワイワイ言いながら、餅を拾い有った光景は覚えているけど、その後に家に帰ってからどうしたか・・・その部分の記憶が無いや。見たいなぁ・・・・・お餅を撒く上棟式。


今でも何処かでは見られるんでしょうね・・・・・。