Essay 149 「広告」を探偵する(1)

「ねぇねぇ探偵長!暇そうですねぇ?この広告チョット見て貰えませんか?」
と、隣で騒いでいるのはハリーの奴だ。最近、姿を見せなくて静かだと思っていたのに、急にやって来たと思ったら、徹夜開けの私の事を言うに事欠いて『暇そうだぁ?』・・・今日はコーヒー入れてやらんからな。


「この広告に書いて有るのホントっすかね?」
あんまりうるさいので、少しだけ相手をしてやる事にした。


『どれどれ、何の広告だ?』
「2×4の住宅メーカーの広告なんすけど、<10の無料サービス>なんて書いて有るもんすから、チョット見てくださいよ~」
『あぁ~、そう言う奴か~。メーカーの広告の場合、大抵は・・・』
「それがですねぇ、まず最初に(俺の話を最後まで聞けっちゅうの!)敷地調査無料って書いて有るんすよ~、これ何すか?」
『ほほう~、それは用途地域や高圧線の有無、下水道やガスと言った、基本的な土地の法的制限を調べる事だな。土地にも拠るけど、俺が作業した場合でも半日から1日は掛かる仕事だ。また調べた事をクライアントに報告する為に報告書を作れば、更に半日は掛かるな。』


「それが、ただなんすね?良いなぁ~。で、で次に敷地測量もただって書いて有るんですけど」
『ゲッ!ホントか!・・・あっ!ホントだ。これはその名の通り、敷地の形と面積、それに地盤に高低差が有る場合、それも調べないと建物が設計できないだろ?それを調べる仕事で、測量会社に依頼すれば数万円は掛かるぞ。それに隣地との境界がハッキリしていない場合は、もっと手間が掛かる事も有るなぁ~。もっとも、この広告に書いて有る敷地測量は、あくまでも建物を建てる為だけの測量の事で、専門的な話は別途費用が掛かるんだろうな。』


「ふむふむ。でも、それがただなんですね!いゃ~太っ腹だなぁ~。で、で、その次に地盤調査もただって書いて有るんですけど?」
もう驚かんぞ。きっとこの調子で行けば、最後には家を建てた方にはベンツプレゼントなんて書いて有るかもしれんしな。
『木造住宅程度の場合、地盤調査には14~5万ぐらい掛かるんじゃないかな?基礎の浅い建物だから、基礎底面の地盤反力を求める程度で済むんだよ。一般的な住宅なら敷地内の2~3箇所を調査すれば足りるサウンディングと言う方法がお手軽だけどな。』


「そうすると、ここまででもう20万以上は得した事になりますね?」
『俺が言った通りの作業ならな?でも何処にもそんな事は書いちゃいないぜ。俺が言ってるのはあくまでも俺の常識で、その広告には何一つ具体的なことなんか書いてないだろ?そこに叙述トリックが仕掛けられていないと誰が言い切れる?』


「叙述トリックってなんすか?」
『うんうん、気にしなくて良いからね。次行って次』


「おおーー、これは知ってますよ~。プランニングもただですって!」
『ふん、そんな事だろうとは思っていたぜ。ひょっとすると次は図面作成もただって書いてないか?』


「すげぇー、何で解るんすか?図面作成も“ご希望の図面に致します”って書いて有りますよ~。流石っすね!」
『(お前に誉められても嬉しくない) ん?その文章、なんかおかしくないか?“ご希望の図面に致します”ってどう言う意味だ?じゃあクライアントが<立面図でお願いします>と言ったら、立面図しか書かないのか? な~んか、怪しいなぁ・・・』


「じゃあ探偵長は、立面図をただで書いてくれって言ったら書いてくれますか?」
『なんで、お前に立面図を書かにゃ~ならんのだ! まぁ冗談は兎も角、こっちは図面を書いて報酬を貰っている身。なんでもかんでもただでと言っていたら、俺は何処で報酬を貰うんだい?』
「ほらほら~、こっちの方が徳じゃないですか~。あはは~凄いな~この会社~」


こいつ、たまに来たと思ったら俺に喧嘩売ってるのか? こいつのコーヒーの中に、塩でも入れといてやろうか?


とまぁ、こんな調子の<10の無料サービス>の話が、あと5つ続くのですが、その話はまた次週と言う事にしましょう。正直言って、書かれている事全てが私の思う通りの内容なら、本当に凄いとは思うのですが、実はそうでも無いらしいんですよ(苦笑) 広告の中に、いくつもの矛盾点が有るんです。それに叙述トリックもね(爆)では次週、この続きをお送りいたしましょう~。


注)叙述トリックとは読者の思い込みを利用した、誤読を誘うような構成や修辞法を駆使して書かれている推理小説のテクニックの一つ。解りやすく言えば「読み手」に勘違い、あるいは錯覚を起すように書かれている文章の事で、このトリックを使われると真犯人が解った時に
「そんな馬鹿なぁ~」と言う意外性もある。ただし好き嫌いもある。