essay 154 探偵の事件簿 6-1

雨の日と月曜の朝はヤバイぜ!

俺は小高い丘の上に立っていた。
眼窩に広がる街並みは、人口30万足らずの何処にでも有る静かな街。そんな小さな街にも、開発とやらの波と言うのはやって来る。田畑を潰し街並みを醜く変えながら、宅地とは名ばかりの細切れにされた土地が、額を寄せ合うようにして並び始める。それ自体は巨悪と呼ぶほどの事では無いのかもしれない。だが開発の波と言うのは、街の中だけに留まるほど甘く無い。売れると思えば・・・いや、儲ける為にはどんな土地でも宅地にしてしまう。

開発業者にしてみれば街中の平らな土地よりも、値段の安い山手の土地の方が利益が上がるのだろう。後はどんな宣伝方法を使っても、売ってしまう自信があるに違いない。こうして何時しか開発の波は、街中から自然の中にまで踏み込んで行く。俺が立っているこの場所の周りにも、空々しい文字が書かれた旗が、風に揺れていた。

一瞬、足元を風が吹き抜け、ほんの少しの土埃が舞う。思えば、この土埃が彼らの人生を変えてしまったのかもしれない。俺は沈みかける陽を眺めながら、2本目の煙草に火を付けた。

◆ ◆ ◆
誰かが呼び鈴を鳴らしている。俺は気付かぬ振りをして、オイルライターを磨き続ける。愛用のジッポーではなく、奴が残したダグラスライターを。呼び鈴は鳴り止まない。それでも玄関を開ける気は無かった。
昔から雨の日と、月曜の朝はトラブルが舞い込む。そう・・・俺がまだ子供の頃、ルパンが言っていたのを今でも信じているのさ。ルパンとは、勿論「Ⅲ世」の事だ。だから今朝の来客が、どんな相手だろうと会うつもりは無い。例えそれがどんな美人であろうとも・・・・・。

だが呼び鈴は鳴り止まなかった。流石に俺も気になり、ブラインドを薄めに開き覗いて見た。そこには、どう見ても場違いな若い女が立っていた。俺はサスペンダーを肩に掛け直し、玄関の鍵を開ける事にした。

女の名前は・・・・・いや、名前なんかどうでもいい。依頼人である事だけが全てだ。依頼人の話は、こうだった。

彼女の両親が住んでいる土地を売り、広い土地を買いたがっている。アチコチ探し回って、ようやく気に入った土地を見つけたのだが、娘の彼女に何の相談も無く、その場で仮契約を結んでしまったらしい。

後からその事を聞かされた彼女は、その土地を販売している不動産会社や、造成工事をした建設会社の調査をしたらしい。以前、土木会社に勤めていたと言う経験が有ったから出来た話で、とても素人では不可能だろう。 そして、その調査で不安を感じたらしい。

その事を両親に話し、あまり性急に事を進めないで欲しいと頼んだにも係わらず、販売会社のペースで話が進んでいく事が心配なのだと言う。

「それで?」
『それでって・・・ですから今度はプロの目から、もう一度調べて欲しいんです。どうしてもあの土地が、会社が信用できないんです!造成工事中に近隣とのトラブルも有ったらしいし・・・・・・』
「悪いなぁ・・・他をあたってくれないか?俺は、そう言う依頼は受けない主義でね」
『でも・・・・・でも・・・・・・』

女は俯き、押し黙ってしまった。その時、間の悪い事にハリーがやって来た。
「あっ! あはは~、どうやらお取り込み中みたいですねぇ~。出直しましょうか~?えへへ(^^;)」
「バカ!そんなんじゃ無いって!」
結局、ハリーの飛んだ邪魔のお陰で、俺は依頼を受けざるを得なくなってしまった。(恨むぞハリー)


数日後、俺はK県のH市を訪れた。小高い山の中腹を造成した、7区画程の造成地の一つが目的の土地だ。付近には古くから建っていたと思われる民家が数件。カーブした道路に囲まれるような地形。宅地は山の傾斜に合わせるように3段の雛壇状に造られており、目的の土地は、その一番下の段の土地だった。西側隣地には5m近い擁壁が造られ、道路と平らにする為に盛り土されたらしい事が解る。

これだけの土を入れたら、土地が馴染むまでには暫くの時間がかかりそうだなぁ・・・。

俺は煙草に火をつけ、付近の様子を眺めていた。すると坂の上から子供を連れた女性が、歩いてくるのに気が付いた。俺は煙草を携帯灰皿で揉み消し、その女性に声を掛けてみる事にした。

「こんにちは!あのぉ、チョットお尋ねしたいのですが宜しいですか?」
彼女は警戒しがちに足を止める。
「実は、ここの土地を購入しようかと考えている者なのですが、この辺りって環境って良い所ですね」
『ご覧の通り、少し街から離れてるから、買い物や学校はチョット大変ですけど、環境は良いとこですよ』
と警戒を解かぬまま応えてくれた。

「なるほど~、景色も良いですもんね。それに車の通行量も少なそうですし、夜も静かでしょうね?」
『ええ、まぁ・・・・・・。だからこそ工事の時は大変だったんです』
「そうらしいですねぇ~。そんな噂を聞いたものですから、私もチョット考えているんですが、実際はどんなトラブルがあったんですか?」
彼女は思わずシマッタと言うような顔で、急ぐからと言い残し、子供の手を引っぱるように行ってしまった。

チッ!俺としたことが、ストレートに聞きすぎたようだ。どうやら、この土地の良し悪しと同じぐらいに、その工事中のトラブルって言うのが鍵を握りそうだな。問題は、そのトラブルの中身だ。

宅地の造成工事ともなれば、大なり小なりトラブルは付き物だろう。今まで何も無かった場所に擁壁を造ったりすれば、雰囲気も環境も変わってしまう。それを嫌がる土地の人は多いものだ。それに工事中の車の問題、騒音や煤煙、粉塵。そこにマナーの悪い職人でも居た日には、近隣住民との軋轢が増す事は有っても、決して少なくなる事は無いだろう。あの女性が言っていた『工事の時のトラブル』も、そんな程度の事だったのだろうか・・・・・。

さてと次はどうするか・・・。多少手間だが、こんな時は周りから情報を集めてみるべきかもしれない。トラブルと言うのは簡単に部外者には話さないだろう事は、長い経験から知っているしな。

俺はH市の市役所に行ってみることにした。宅地の面積から考えて、開発物件であろう事は間違いない。ならば市役所の開発審査課に行けば、何か情報が得られるかもしれないと考えたからだ。


そして俺ともあろう者が、この市役所でヘマをしてしまう事を、この時は。