優しい追っ掛け

完成間近の現場に行ったとき、建物を見上げるご婦人を見掛けた。70代と思われる小柄なご婦人が日傘を差し、建物を見上げていた。興味があるのかと思い、声を掛けてみた。

「主人の追っかけをしていますの」

意味が理解できずに一瞬間が空く。

「この建物の向こう側に主人が居ますの。だから見つからないように隠れていますのよ。見付かると叱られますので。主人、数年前から認知症なの」

ニコニコしながら、あっけらかんと話す御婦人の居住まいが正しくて、思わず笑顔になる。

「御主人は幸せですね。ずっと奥さんに見つめられて」

歩き出した御主人の後ろ姿を眺めながら、ご婦人も隠れながら歩き出す。本当は凄く大変な想いをされている筈なのに、なんだか少しだけ楽しげに見えた。

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