『逃げる幻』 ヘレン・マクロイ著/読了

アメリカの作家ヘレン・マクロイが、1945年にアメリカで刊行した作品を
2014年8月に東京創元社が、駒月雅子さんの翻訳で刊行した。
何かにおびえて家出を繰り返す少年が、見晴らしの良い開けた荒野の真ん中で
忽然と姿を消す。アメリカの軍人ダンバー大尉が、地元の貴族の娘に聞かされたのは
そんな不可思議な出来事だった。なぜ少年は家出を繰り返すのか?
そんな不可思議な行動をとる少年の家庭教師が、殺されると言う事件が起きる。
スコットランドを舞台に、名探偵ウィリング博士が人間消失と密室殺人の謎に挑む本格ミステリ。

ヘレン・マクロイの作品は何冊か読んだことがあるが、どの作品も共通して
気が付かないうちに、トリックの罠に絡みこまれているという印象がある。
平たく言うと、とっても上手い!という事。
ミステリ特有の最後の謎解きの場面で、「あのときは、ああ言ったでしょ」
「このときに、こんなことがあったでしょ」と、探偵役が説明すると
たいていの場合には、「そうそう、そんなことがあった。なんか違和感があった」と
思うのだが、彼女の作品にはそれがない。
凄く自然な設定と会話の中に、とても大きな「何か」が隠されている。
しかも読み手の私が全く気が付かない。
だから謎解きの場面で、「おおー」っと、のけぞってしまう驚きがある。
たんに私の読み方が甘い、と言われれば、それはその通りなのだが
基本的にミステリは「綺麗に騙されたい」と思って読んでいるので
その意味においてヘレン・マクロイと私は、相性が良いということかもしれない。
本作品において、見通しの良い荒野での人間消失の謎と
出入り不可能な密室殺人の謎が、この本の肝ではないことは
ミステリ通なら、ご理解いただける筈。
最大の仕掛けは全然違うところにあり、それを感じさせない点が凄いということ。
騙される楽しみ、驚かされる感動を味わえてこそのミステリ。
こういう本を、今年もたくさん読みたい。
ちなみにヘレン・マクロイ作品に関して、私のお薦めを一冊上げるとすれば『蠅とカナリア』。
本格バリバリな作品で、陳腐なハッタリも無ければ奇妙なウルトラCもない。
散りばめられた沢山のアイテムの一つ一つが、凄く考えられていると思うから。
宜しければ、是非。